書評と知的生産

情報総合学ネクシャリズムはダ・ヴィンチの夢を見るか

2020-04-03

深宇宙を探索する宇宙船ビーグル号は次々と遭遇する宇宙生命体たちによって幾度となく絶体絶命に状況に陥るが、そのたびに情報総合学者のグローヴナーの「新しい学問」の力によって危機を脱する。

書誌情報

  • 書名:宇宙船ビーグル号の冒険
  • 著者:A・E・ヴァン・ヴォークト
  • ジャンル:古典SF
  • 図書分類:933.7 : 小説.物語

情報総合学ネクシャリズムという魅力

古典SFの金字塔『宇宙船ビーグル号の冒険』である。この本の魅力はもちろん強敵・難敵として登場する数々の宇宙生物(クァール、イクストル等)と、それらを縦横無尽に暴れさせる著者ヴァン・ヴォークトのストーリーテリングであるのは間違いないが、なにより読者の興味関心を惹きつけるのは主人公グローヴナーの修める新しい学問「情報総合学ネクシャリズム」だ。

情報総合学と邦訳されたこのnexialismという造語はラテン語の"nexus(結合、連結、関連)"を語源に持つ。著者はこれを「一分野の知識を、他の諸分野の知識に、秩序正しく結びつける科学(中略)、知識吸収の過程をスピードアップし、学んだものを効果的に利用する技術」と作中で表現している。

その威力は絶大で、新しい事象に出会った探検隊が謎の生物の対応に右往左往するなか、各科学部門が調査した報告書を情報総合学の手法で統合・推論した主人公グローヴナーは正しく敵の正体を見破り、見事宇宙船の危機を救ってみせる。

それはダ・ヴィンチを再現する科学である

もちろんこの情報総合学なるものはヴァン・ヴォークトのでっち上げた架空の学問であり、主人公が活躍するためのいわゆるスーパーパワーでしかないのだが、その魅力はあまりにも大きい。

これはつまりダ・ヴィンチを再現する科学なのだ。近代以前の知識人たちの多くは物理学者であり、同時に数学者でもあり、化学者であり、天文学者であり、医師であり、画家であり、そして詩人であった。彼らはいくつもの分野で天才的な実績を残しているが、それは彼らが数多くの学問を同時に修めていたからであり、彼らは広範にわたる知識を自在に操っていた。

一方で現代の科学において、新たに発表される論文数は指数関数的に増加するため、「全ての学問に通ずる」ことなど到底無理な話だ。研究と雑務をこなしながら自身の専門分野の最先端を追うだけでも息切れする毎日。科学はひたすら分化派生を繰り返し、学問の系統樹の枝葉は増える一方である。

情報総合学はそれを統合する。未来の教育学により多量の基礎科学を脳内に収めた情報総合学者は、あらゆる科学タームを理解し、わずかな痕跡から本来の事象を正しく推論する。それはまさにダ・ヴィンチの脳をもった現代の科学者だ。

われわれは情報総合学を手に入れることができるだろうか

残念なことに、作中ではその驚異的な教育法の具体的な方法は述べられていない。フィクションであるから当然であるが、漠然とした説明からするとヴァン・ヴォークトは催眠と心理操作にその可能性を見ているらしい。グローヴナーは特殊な心理状態で数時間にわたってフラッシュカード式の瞬間投影でもって多量の知識を吸収したとされている。おもしろいことに、これはいくつかある現代の速読術に共通した方法と酷似していて、とくにフォトリーディングとは手法が極めて似ている。

物語の後半は船内政治へと移る

本書は別々に発表された中短篇4作をつないだ長篇で、後半では情報総合学はただの催眠術ぐらいの扱いになってしまって少々残念な感じになるのだが、主人公が「敵はどういった正体なのか」という科学の戦いから「それをどうやってほかの乗員に納得させ、対策をとらせるか」という政治的闘争にシフトしていくところもおもしろい。

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