書評と知的生産

神経言語プログラミングとは「変化の過程」である

神経言語プログラミングの創始者リチャード・バンドラーが講演で「人格を変えるテクニック」を実演して見せた様子を再録して編集した講演集。

書誌情報

書名:神経言語プログラミング 頭をつかえば自分も変わる

著者:リチャード・バンドラー

ジャンル:心理学

図書分類:146.8 : 臨床心理学.精神分析学

世に出ているNLP本の最初の一冊

NLP(Neuro-Linguistic Programming)とは、ヒトの思考・行動形態を脳内の振る舞いから理解し、それに修正を加えることで行動変容を起こす精神操作のテクニックのことである。邦訳は神経言語プログラミング。

著者は精神医学や心理学を「この学問は、いかにして人間が異常をきたすかに関する厖大な記述の寄せ集めにすぎない」とバッサリと切り捨てる。「異常な人びとを治す方法を探すために、異常な人びとを研究している(中略)これではまるで、車の整備法を知ろうとして廃車置き場に並んでる車体を調べているようなもの」と批判する。

神経言語プログラミングはそういった精神医療のなかで、正常な人びとがどういった方法で脳で体験を処理しているかに注目し、その要素(脳内の映像の大きさ、明るさ、距離、時間)などを変更することで体験そのものを変容させる、という手法をとっている。

このNLPは、日本ではビジネスツールとして大流行していて「いかに上手に他人をコントロールするか」といった書籍が現在数多く出版されているが、本書でも分かるようにもともとNLPは「つらい記憶を思い出さないようにする」とか「なりたい自分になる」とかいった「自己変容」のための技術から出発している。

本書は本邦に訳出された最初の一冊になる。1986年刊行。

豊富な具体例と一貫した形式主義

本書の内容は講演を文字起こししたもので、そのため著者バンドラーみずから聴衆の悩み(禁煙や恐怖症)をその場で治療していく実際の様子が収められている。注目すべきところはそのスピードで、何年も悩んでいたり精神科に通っていたような症例もものの10分で変えてみせる。

その中でバンドラーがたびたび口にするのが「(あなたが悩んでいる内容を)話していただく必要はありません。私が興味があるのはそれがどういった様子であなたの頭のなかに存在するかです」といった姿勢である。

女「私は恐怖症で困っています」

私「本物の恐怖症ですか」

女「ええ、かなりひどいものです。何の恐怖症かお話ししましょうか」

私「いえ、その必要はありません。私は数学者ですから、手順とかパターンとかを問題にします。いずれにせよ、あなたの内面の動きは知りようがありませんから、話していただく必要はありません。しかしあなた自身はよくご存知です。それは目に見えるものですか。それとも耳に聞こえることですか。それとも感じるものですか」

女「見えるものです」

神経言語プログラミング

このようなやりとりでセッションが進む。このあとバンドラーは彼女のエレベーター恐怖症を脳内映像の処理だけで治療する。本書にはこういった実演の様子が多数収録されている。

面白いことに、このときすでにバンドラーはクライアント(患者)の情報の受け取り方が視覚か聴覚か身体感覚かについて注意深く尋ねている(「それは目に見えるものですか。それとも耳に聞こえることですか。それとも感じるものですか」)。VAK(Visual, Auditory, and Kenesthetic)モデルは後のNLPテクニックでは基本概念として最初に学ぶ知識であるが、この時点ですでに開発されていることが伺える。本書ではVAKモデルについては言及されていない。

数学者だからできる方法論

たびたび著者自身が本書で述べているように、バンドラーはもともと数学者であり精神科医あるいは臨床心理士ではない。

その内容について話す必要はありません。というのは私は数学者ですから、内容よりもその形式やプロセスに興味があるからです

神経言語プログラミング

ここでは徹底した形式主義を伺うことができる。バンドラーの手法はつねにクライアントに「変えたいものが脳でどのように再生されているか」についてインタビューから始まる。

クライアント自身のもつパターンを抽出し、それに変更を加えることで行動変容を起こす。この方法論は別の著書で説明さるように精神科医・催眠療法家のミルトン・エリクソンから見つけたようだ。収集された情報から共通するパターンを抽出するというこの操作は、それ自体が仕事である数学者だからこそ着目できた発想なのだろう。

固定された知識マッピングではなく、セッションごとの情報収集がNLPの真髄である

改めて読み返して気づいたことに、後のセミナービジネス臭がするNLP本と決定的に違う点が「そのつど、相手がどうやって情報処理しているかについて執拗に質問を繰り返し、相手のパターンを解析してからテクニックを施す」ということである。

巷に溢れかえっているNLP本では「過去の記憶にアクセスするときは目が左へ向く」とか「脳内映像を明るくすれば過去の経験は楽しいものとなる」といったふうに「すべての人類には共通の脳アクセスのパターンが存在する」といった態度で書かれている。

バンドラーはそういった安易な汎化はせず、クライントが示す反応からその人独自の神経言語をパターン抽出し、その人にあった「オーダーメイドメソッド」で行動変容を起こす。

神経言語プログラミングの仕事の九五%は情報収集で、実際の操作は五%にすぎません

神経言語プログラミング

これは他のNLPの書籍とは大きく異なった点であろう。もしいままでにNLPテクニックを実践してみたもののいまいち効果が得られなかったという方は、もういちどその現出パターンを検証してみるのがいいだろう。「書籍がこういっていた」ではなく「この人ではこうなる」パターンを抽出することこそが、NLPの真髄である。

-書評と知的生産
-, , ,

Copyright© ネクシャリストになりたい , 2024 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.