ロザノフ法などをとりまとめた加速学習法の代表的な書籍。
目次
書誌情報
書名:コリンローズの加速学習法 「学び方」のまなびかた
著者:コリン・ローズ
ジャンル:加速学習
図書分類:379.7
あいかわず胡散クサい脳科学学習法の世界
脳科学を基にした学習法の書籍は基本的に胡散クサいものしか存在しない。アルファ波がどうのシナプスがどうのと科学タームをちりばめて読者を幻惑したあとに、しょうもない学習法が教示される。
本書も例に漏れず、第1章は基本的な脳科学のレクチャーから始まる。神経細胞の解剖学的説明から大脳辺縁系、新皮質までオーソドックスな展開だ。第2章では記憶の仕組み、第3章で古くからある記憶術の紹介と、これまた伝統的な脳科学本の流れである。
しかしながら第4章の「5つの記憶タイプ」と第5章の「7つの知性タイプ」の説明はもう少し知られていい概念なので、ここではそれらを紹介しよう。
5つの記憶タイプ
第4章ではムレイ・グロスマンによるWIRES記憶モデルが説明されている。"WIRES"とは5つの記憶タイプの頭文字で、それぞれ
- Working ワーキング
- Implicit インプリシット
- Remote リモート
- Episodic エピソディック
- Semantic セマンティック
を表している。
ワーキングメモリ
作動的記憶。数秒しか保持できない短期記憶で、耳から入った音声を理解したり、目から入った文章を読んだりするときに使われる。
インプリシットメモリ
内在的記憶。自転車の乗り方や水中での泳ぎ方など、一度習得したら二度と忘れないたぐいの記憶。
リモートメモリ
遠隔的記憶。数年から数十年つづく長期記憶。
エピソディックメモリ
挿話的記憶。「いつ」「だれと」「どこで」「なにを」「どうした」を記憶する。リモートメモリに移行しなければ急速に消失する。
セマンティックメモリ
意味的記憶。「モノの名称」のような教科書的、百科事典的記憶。
7つの知性
第5章ではハワード・ガードナーによる「7つのインテリジェンス(知性)」論が紹介されている。
言語学的知性
言語をつかって読み書きやコミュニケーションをする能力。作家、詩人など。
数学的・論理的知性
計算し、体系だった論理で考える能力。学者、エンジニア、会計士など。
視覚的・空間的知性
未来を視覚化し心の中でイメージする能力。建築家、彫刻家、写真家など。
音楽的知性
歌唱や演奏などで音を生み出したり、音楽そのものを作曲したり鑑賞する能力。音楽家、作曲家、音響監督など。
身体的・筋感覚的知性
身体を上手にコントロールする能力。アスリート、ダンサー、外科医など。
社交的知性
共感や理解をあらわし、他の人々と親交をむすぶ能力。営業マン、コーディネーター、教師、セラピストなど。
内省的知性
自己分析や内省を行う能力。哲学者、修行僧など。
のちにガードナーはこれらに加え、第8のインテリジェンスとして「直観的知性」もあげている。
これらのタイプ分類には批判もある
グロスマンのWIRES記憶タイプは脳科学黎明期の分類で、現在ではもっと細かな記憶の種類が明らかになっている。さらに神経解剖学的な作動箇所や遺伝子発現、関与するタンパク質までが判明しているため、いまこの記憶タイプを参照する必要性はあまりない。
ガードナーの多重知性理論はその分類が恣意的すぎて、批判が噴出している。彼はこれらの「知性」を鑑別するための体系だった手法を提供しなかったので、他の学者は計量的・科学的なアプローチをとることができない。つまり「いいっぱなし」だったわけである。
さらなる問題点は「ロザノフ博士」の取扱い
本書で一番の問題点が、ブルガリアの精神科医で心理学者のゲオルギー・ロザノフ博士の取り上げ方だろう。いわく、最先端科学によって構築された素晴らしい言語学習法で、彼が「開発した」とされる数々のメソッドが西欧・北米社会で実践され数々の実績をあげたのだという。
しかし東欧にいたロザノフの教育法は冷戦時代の鉄のカーテンによって正しく伝わっておらず、ほとんどがロザノフの名を借りた西欧側のでっちあげだったようである。のちにロザノフ本人が声明を出している。
In many cases, these variants (such as some accelerated learning methods, superlearning, and others) were represented as Suggestopedia, and my name was used in association with them. In reality, these variants are far from our work and have not been proven scientifically. Unfortunately, I could not challenge this misrepresentation of our work nor protect the purity of our methods, but contrary to twenty years ago, I am now in a position to defend this science for the benefit of people.
多くの場合,これらの異なるメソッド(幾つかの加速学習法,スーパーラーニング,そのほか)は,サジェストピアとして紹介され,私の名前が用いられている。実際のところは,これらの異なるメソッドは私の研究には程遠いもので,科学的に実証されていない。残念ながら,私は,研究を誤って紹介されていることに立ち向かうことも,研究の純粋さを守ることもできなかった。しかし20年前とは違い,私は,この科学を人の益のために擁護する立場にいる。
(略)
I realize that those of you using these variants did the best that you could without my availability, … Please understand that I am not asking you to stop what you are doing. Of course, you are free to develop whatever teaching methods you wish to use, but if you are not certified by me or by our certified trainers, please don't mention my name or use my terms to describe the methods that you use.
私は,自分と連絡を取れなかった人々が最善を尽くしてこれらの異なるメソッドを用いていることを理解している。……そうした人々に,やっていることを中止するよう求めているのではないことをどうぞ理解してほしい。もちろん,自分の使いたい教授法を開発するのはその人の自由だ。しかし,もし私や,私の認定した教師たちに認定されていないのであれば,私の名前を語ったり,使用しているメソッドの説明に私の用語を使ったりしないでいただきたい。
スーパーラーニングの幻影-その2http://acq.seesaa.net/article/1342866.html
本書でとりあげられている「キャッチボールをしながら単語テスト」「バロック音楽を流しながら記憶学習」などは、ロザノフ当人が開発したメソッドではない可能性のほうが高い。実際、本当にそれらが顕著な成績を挙げるのだとしたら、21世紀の現在においてどこかしらの公立教育機関で実践されているはずだが、そのようなウワサを聞かないということは、つまりその程度のものだったのだろう。
そのほかNLPについての記述など
第7章にはリチャード・バンドラーの神経言語プログラミングも紹介されている。VAK表象システムについてはわりと分かりやすい説明と表が載せられている。
その他、リラクゼーション法や速読法などもさらりと紹介されているが、どれも簡単なテクニックにとどまり、これら一連の学習法をどのように有機的に結びつけるかについては記述はない。
本書から得られること
全章をとおして雑多な知識とテクニックが紹介されているがどれも関連付けられておらず、本書を一読したからといってなにか今日からルーティンとして活用できるという類の書籍ではない。
しかしながら、繰り返しあらわれる「異なる認知のタイプ」、たとえば記憶の種類だったり知性のタイプだったり得意とする表象システムだったりと、自分がコミュニケートする相手が自分とは異なる認知をする可能性について触れているのは評価できる。
たとえば、「自分」が得意とするのが次のタイプだとしよう:
- 数学的・論理的知性
- 意味的記憶
- 視覚優位
それに対して「相手」が得意なものは次だとしよう:
- 身体的・筋感覚的知性
- 挿話的記憶
- 体感覚優位
この「科学者である自分」と「運動選手である相手」では、あまりにもコミュニケーション基盤が違いすぎる。意思伝達は容易ではない。しかし、それをあらかじめ分かっているのとそうではないのとでは、この相違を乗り越える方法論はずいぶん違ったものになるのではないだろうか。
そういう意味ではぜひとも教育者や政策フェローには知っておいてほしい知識である。